人の言葉を何度も思い返したり、まだ起きていない未来を想像して不安になったり。
「気にしたくない。」
もっと気楽に、楽しく過ごした方がいいとわかっているのに。
それでも頭の中で考え続けてしまうことはありませんか?
そして、考えすぎて苦しくなるたびに、
「もっと前向きになれたらいいのに」
「もっと鈍感になれたら楽なのに」
そんなふうに、自分を責めてしまうこともあります。
そんな自分を何とかしたくて、私は心理学の本や考え方の本を読んでみたりもしました。
苦しみから逃げたくて読み始めたのに、気づけば「なぜ苦しいのか」を考えるようになっていました。
その中で少しずつ気づいたことがあります。
それは、
私たちは出来事そのもので苦しんでいるわけではない、
ということです。
人は「事実」ではなく「意味」で苦しむ

たとえば、相手からの返信が遅い。
これは事実です。
でも考えすぎてしまう人は、その事実だけで終われません。
「忙しいのかな」
で終わることもあれば、
「何か嫌なことを言ったかな」
「怒らせたかな」
「嫌われたのかもしれない」
と考えてしまうこともあります。
本当は、
返信が遅いだけです。
でも頭の中では、その出来事にたくさんの意味を付け足してしまいます。
そして、その意味を事実だと思い込んで苦しくなるのです。
私はこれに気づいたとき、
苦しいのは出来事そのものではなく、自分が付け足した意味なのかもしれないと思いました。
苦しさの正体は自己否定
さらに考えてみると、苦しい理由はもう一つありました。
それは、出来事をきっかけに自分を否定してしまうことです。
たとえば、
「嫌われたかもしれない」
と思ったあと、
「嫌われる私は価値がない」
「私は人間関係が下手なんだ」
「だからダメなんだ」
と、自分を裁き始めてしまいます。
その奥にはいつも似たような気持ちがあります。
嫌われたくない
期待に応えたい
失敗したくない
見捨てられたくない
どれも特別なことではありません。
きっと多くの人が持っている気持ちです。
だから私は、強く心が揺れたとき、
「なんでこんなことで落ち込むんだろう」
ではなく、
「私は何を大切にしているから、こんなに苦しいんだろう」
と考えるようにしています。
思考は真実ではなく「身を守るアラーム」
頭の中で鳴り続ける不安や自己否定の声を、私たちはつい真実だと思ってしまいます。
でも、多くの場合それは真実ではありません。
自分を守ろうとするアラームです。
「また失敗するかもしれない」
「こんなことを言ったら嫌われるかもしれない」
「もっと完璧にしないと危ない」
こうした思考は、私たちを攻撃するためではなく、傷つかないように先回りして警告しているだけなのかもしれません。
だから、
「これは事実だろうか」
「それとも不安が鳴らしている警報だろうか」
と考えるようにしています。
それだけでも、不安に飲み込まれにくくなります。
深く考える人に必要なのは「保留の力」

深く考える人は、本来、理解したい人です。
だから相手の気持ちや出来事の理由を知りたくなります。
でも、その「わかりたい」が強くなりすぎると、
「なぜこうなったのか」
「本音は何なのか」
「どうすれば絶対に失敗しないのか」
と、答えの出ない問いを追いかけ続けてしまいます。
でも、人の心も未来も完全にはわかりません。
どれだけ考えても回収できないものがあります。
私はその部分を、
回収できない余白
だと思っています。
そして、この余白に苦しんできました。
でも今は、
わからないものはわからないまま置いておく。
結論を急がない。
そんな「保留の力」が大切なのではないかと思っています。
この余白があるだけで、心は少し楽になります。
本当に強い人は、戻ってこられる人

昔の私は、強い人とは何があっても動じない人だと思っていました。
でも今は違います。
人は誰でも落ち込みます。
不安にもなります。
考えすぎて眠れない日だってあります。
大切なのは、揺れないことではなく、戻ってこられることです。
- 深呼吸する。
- ノートに書く。
- 少し休む。
- 今日はここまでにすると決める。
そんな小さな行動が、自分を元の場所へ戻してくれます。
揺れないことではありません。
揺れても壊れず、
考えすぎても戻ってこられることです。
おわりに

深く考える人は、決して弱い人ではありません。
むしろ、意味を感じ取る力があり、傷つきやすい場所を知っていて、世界を雑に扱えない人だからこそ苦しさを感じるのだと思います。
私は長い間、それを欠点だと思っていました。
でも今は違います。
その感受性は、私を疲れさせてきた一方で、誰かを理解する力にも、物事を深く捉える力にもなってきたからです。
だからこそ、考えることをやめる必要はありません。
ただ、自分を傷つけるためではなく、自分を守るために使ってあげてください。
考えすぎて苦しくなったときは、私は自分にこう言い聞かせています。
この苦しさは、私が弱いからではなく、
深く感じ、深く意味を見てしまうからかもしれない。
そう思えるだけで、少しだけ心がやわらかくなります。






















